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問わず語り -SHINOZAKI-

問わず語り -SHINOZAKI-

社長のひとりごと   日々に想うことを不定期に掲載しています

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仲間

 夏休みに入り、部活動の引退の季節になった。
上位大会に出場が決まり、もう少し後輩達との時間を共有できるもの、大会に敗れ受験勉強に邁進するもの。
3年生にとって、生活環境が変わり精神的にも一番キツイ時期だと思う。

 高校入学時にまず悩むのが、部活をこのまま続けるのか、大学受験に向けて勉強のために部活をやらないか。
意外に勉強との両立を理由に部活をやらない子が多いのが実情だ。いや、意外ではなく、「大学受験」だけを考えれば当たり前なのかもしれない。部活をやっていて「大学受験」で得をすることは何一つない。部活の時間、勉強できないというマイナス面を思い浮かべるに違いない。

人それぞれ事情もあるし、こうするべきだとは断言することはいうつもりはない。
ただ、想うことがある。

高校生活で無駄なことは何一つないということ。

優勝を目指してクラス一丸となる体育祭。
最高のハーモニーを奏でるため昼休み、放課後と練習する合唱コンクール。
企画から運営まで、毎日話し合い準備する文化祭。
運動部、文化部とも仲間と目標を目指す部活動の日々。

ロゴスアカデミーの塾生は高校3年間、部活動を続ける子が多い。
この子たちを見ていると、部活動で苦楽を共にした仲間が、引退してからも受験勉強の仲間として互いに励ましあい、声をかけあい、支えあう姿だ。
仲間が頑張っているんだから自分も頑張る、そう想えるのだ。

受験勉強は、誰にも助けてもらえない、自分との戦い。
それでも、一緒に戦える、頑張れる仲間がいるというは、この上なく力強く、勇気をもらえる。

そしてきっと、この子達は、一生の仲間として繋がっていくのだとおもう。






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当たり前を当たり前と思わない

吹奏楽も新たなメンバーを迎え夏に向けて新たな道のりが始まった。
コンクール上位常連校も、新たなメンバーを迎えればスタートは一緒。
最大限の演奏を披露できるよう練習の日々が続く。

学校に吹奏楽部があり、そこで活動することが当たり前と思いがちだが、そういう環境にいる人ばかりではない。
楽器がやりたくても学校に吹奏楽部がない、楽器がないという状況下の人たちがいるのも確かである。
特に、小学校においては顕著である。
指導者の問題や児童・生徒数の問題、さまざまな理由によるものだ。

今、楽器を吹き、吹奏楽・音楽を楽しめる環境にあることは、当たり前ではなく幸運なことである。
まして、コンクールに出場できることは、もっと幸運なことである。
楽器があり、顧問がいて、仲間がいて・・・いろいろな条件が揃っているからこそ、音楽ができコンクールに出場することができるのだ。
音楽ができることに感謝し、そして精一杯の演奏ができるよう、そして何より、自分自身がコンクール当日楽しめるよう、日々の練習に励んでもらいたい。

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自分を知ること、まずは敵を知ること

何かをする上で、人は目標を掲げる。
何をするか、何を目標とするか、どのレベルを目標にするのか・・・。

学業にしても、音楽にしても、スポーツにしても
  ○○高校・○○大学に合格する
  ○○コンクール・○○大会で優勝する
  上位大会に出場する
など、取り組むもの、取り組む人によって様々だと思う。

その目標に向かって努力することは当然だが、
では、「自分(たち)のレベルが今どこにあるのか」
これを、どれだけの人がわかっているだろうか。

例えば、音楽。
県内レベルというものは比較的わかると思うが、では関東地区の高校のレベルは?全国では?となるとどうだろうか。実際に演奏する学生など、どれだけの人が高いレベルの生の演奏を聴き、自分たちのレベルを知り、そこからどうするか、という練習をしているだろうか。

学業でいえば、学校の狭い世界の中だけで自分のレベルをみていないだろうか。
高校、そして大学となればなおさら。栃木の高校生は、東京の学生と同じ受験で戦わなければならないのだ。

努力は当然だが、いかに「敵」を知るかということも大切なのだと思う。
自分の周り、狭い視野で自分のレベルに満足していてはいけないのである。
自分を知ることは、まず敵を知ることから。
そして、そこからの努力は惜しまない。
そこで、何かを得ることができるのだと思う。


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若い時の苦労は買ってでもせよ

経験重視型の教育方針をもって、ゆとりある学校を目指した「ゆとり教育」世代が就職時期をむかえている。
ゆとり教育の善し悪しは、いろいろあるとは思うが、ここでどうのこうの言うつもりはない。
ただ、このゆとり世代には、苦労を知らない子が多いように思う。

ある知人から聞いた話。
就職活動で1次の筆記試験は合格するが、2次の面接試験で落ちる場合の多くに、大切に大切に育てられ苦労を知らない子が多いのだという。いろいろな経験不足が面接の際の言動に表れるというのだ。
ゆとり教育には「生きる力・生きる知恵」を養うこともあったように思うが皮肉なものだ。

人には、さまざまな経験が必要である。
学校という狭い世界では、苦労すること、たいへんなことは避けて通ることも可能だ。
ただ、社会はそうはいかない。楽しいこともあれば、苦労することもたくさんある。
だから、苦労を経験していない学生を採用するはずがないのだ。
なぜなら、社会の中で壁にぶつかったとき、自分で考え対処することができない、経験がないのだから。

だからこそ、学生のうちに本業である学業はもちろんだが、社会性の勉強をすることは重要である。
それが、アルバイトであろうとサークルであろうと自分の趣味であろうと、一生懸命に打ち込む。
そして、今の立ち位置に満足することなく、さらなる高みを目指すことだ。
今の位置で満足していたのでは、苦労も感動も楽しさも経験できない。
高みを目指すことで、新たに得なければならない知識だったり、新たな人脈だったり、人間関係の構築だったり、悩んだり苦労をする。これが経験んなるのだ。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」とは、よく言ったものだ。
あなたは、苦労を避けていませんか?

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経過と結果

ものごと経過があって、その結果がある。
仕事、勉強、スポーツ、音楽、すべて・・・。

大人の社会は、経過はどうあれ結果が全てである。
良い結果が出ていないのに、「私はこうやって努力しました」と言っても言い訳にしかならない。

しかし、学生時代はまた別の話である。
学生のときこそ、経過・過程を大切になければならない。
計画を立て、努力をするというプロセスを学生のうちに経験することが必要であり、結果はその次である。

学生のうちに、「結果が全て」と思ってしまうのは、うまく結果が出なかったとき、
自分を否定することしか出来なくなってしまう。
誰しも誰かに認めてもらいたいという気持ちがある。
例え、結果が思うようにならなかったとしても、過程を誉められ、また次頑張ろうと言ってもらえたら次に向かって前向きに歩みだせるはず。
せめて、学生のうちは

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親子だからこそ「ありがとう」

「ありがとう」という感謝の言葉
自分以外の誰かに対して感謝やお礼の意思を伝える言葉である。
学校や会社といった公の場では素直に「ありがとう」と言えても、身内にはなかなか恥ずかしいものである。

ある親子は、毎日何度も親子で「ありがとう」を言い合う。
  それも自然に。
  飲み物を部屋に届ける。
  ご飯をつくる。 
  服にアイロンをかける。
  おやつを用意する。
  PTAなど学校の行事に参加する。
親として当たり前の事でも、子は毎回「ありがとう」と声にだして感謝の意を伝える。

実は、小さいときにその子が行う行動に対し、親が「ありがとう」を言ってきたのだ。
  ゴミをごみ箱に捨てる。
  学校のお便りを渡す。
子が当たり前にすることに対し、親が「ありがとう」という姿を見せてきたのだ。

親がありがとうと言ってきた姿を、子がそのまま引き継いだのだ。
子育てはとは、子に言うだけでなく、親が見本になり、その姿を子に見せなければならないものだと思う。子は親以上のお手本はいないのだから。

だから、親子でも夫婦でも友人同士でも、当たり前を当たり前と思わず
「ありがとう」と一言、声に出して伝えてほしい。

「ありがとう」
あなたは、今日、何回ありがとうと言いましたか
 

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癒しの灯-蛍-

幼少期のこの時期は、どこでも蛍を見ることができた。 今や、この近辺で見られる場所はないと言ってよい。 ところが、ある場所では自生の蛍を見ることができる。 場所をあかすことができないが、本当に見事だ。

蛍の光と蛙と虫の鳴き声しか聞こえない世界

人の世界と離れた世界に身を置くことで、身が清められる感覚がある。
蛍の光は、1年に1度、この時期に癒しを感じ、「無」の心境を味あわせてくれる。この時期になると、毎年、蛍からパワーをもらうのだ。

 蛍が乱舞する様は本当に凄い。 この場所は人の手が入ることなく、後世に残したい場所である。

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努力の継続

コンクールなどの本番、誰しも緊張するものである。 緊張の中で、どれだけの力を発揮できるかが勝負だ。

では、どうすればよいのか・・・ ひとそれぞれ緊張の解す方法があったり、気合いで克服したり、神頼みだったり、 きっとさまざま。

そういう自分の方法もありだが、私が思うに、 本番までに「これだけやったから絶対大丈夫」と思えるだけの練習と準備をすることだと思う。

練習でできなうものを本番でできるはずがない。 本番で100%の力を出すには、日々の準備で120%の力を出すつもりで練習する、 やった時間の分だけ自信になり、本番の緊張のなかでも力を出せる源になるはず。

自信が力になるのだ

演奏会やコンクールも受験も、すべて同じ。

自分の納得できる結果を得るため、吹奏楽コンクールまでの練習、高校・大学受験にむけて努力を継続してほしい。

■「継続は力なり」■

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シノザキ卒業

先日、朝の小学生の登校の列に中学生の姿をみかけた。
まだ、小さな体に大きな中学校の制服。
そうだ今日は小学校の卒業式だ。
真新しい制服で歩く6年生は、少し誇らしげに、そして堂々と歩いていた。

私の会社にも卒業者がいる。
大学に通いながら4年間勤務してくれた。
3月の大学の卒業とともに会社も卒業したのだ。
私の他愛もない話につきあい、性格で早い事務処理はもちろんのこと、接客に関しては目を見張るものがある。
とにかく人の話を聞くことができ、誰からも好かれるのだ。

私には娘がいないが、まさに「娘を嫁に出す」気持ちだ。
親ばかと言われるかもしれないが、どこにだしても恥ずかしくない自慢の子だ。
一緒に仕事をした私が太鼓判を押す

もう隣で肩を並べて仕事をすることはないが、一つ一つの出会いを出来事を自分の財産・糧とし、成長する姿を遠くからいつまでも見守りたいと思っている

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社会人の進級

学生が進級・就職の時期である今。
既に社会の一員として仕事をしている我々も「進級」の時である。

学生の場合、1年生から2年生、2年生から3年生・・・と明らかに「数値」により自覚できる。
教室も変わり場合によってはフロアも1階から2階へ。
それだけでもちょっと大人になったと思った子ども時代を思い出す。

社会人はどうだろうか。

私が思うに、社会人も同じ。
学生でいう数値というものはないが、社会人として1年目の人物と10年目、20年目の人物では明らかに違うはず。
社会人としての年輪を刻むごとに、責任、自分の判断に対する恐怖、仕事やプライベートでの悩み、苦労・・・。
新人は、上司に言われたことを忠実にこなすことで精一杯。それがいつしか、自分で企画し実現に向け実行する。時には、判断を迫られ、その判断の善し悪しに悩みこともある。

ただ、その少しずつ増える責任、やりがいのある仕事、充実したプライベートを1年、1年過ごすことで、自分の自信と実績になり、次へのステップになるのだと思う。

さぁ、3月。
社会人として一つ年を重ねる。
今年は、どんな試練を乗り越え、そしてどんな経験ができるのか。
社会人として一つ進級できるよう、これからも精進すると誓う。

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